| ハイデルベルク信仰問答 | |||
|---|---|---|---|
| 序 唯一の慰め | |||
| 第01 主日 |
問001 | 生きている時も、死ぬ時も、あなたのただひとつの慰めは、何ですか。 | 回答 |
| 問002 | それならば、あなたがこの慰めの中に祝福されて生き、また死ぬことが出来るために、 あなたはいくつのことを知らなければなりませんか。 | 回答 | |
| 第1部 人間のみじめさについて | |||
| 第02 主日 |
問003 | 何によってあなたは、あなたがみじめなことを認めることが出来ますか。 | 回答 |
| 問004 | 神の律法は、私たちに何を要求するのですか。 | 回答 | |
| 問005 | あなたは、これらすべてを完全に守ることが出来ますか。 | 回答 | |
| 第03 主日 |
問006 | 神が人間をそんなに邪悪で歪(ゆが)んだ存在に、創造されたのでしょうか。 | 回答 |
| 問007 | 人間のそのような腐敗した性質は、何に由来するのですか。 | 回答 | |
| 問008 | 私たちはとても堕落しているために、何か良いことに対してまったく無力であり、あらゆる悪の方向へと進んでいく傾向があるのですか。 | 回答 | |
| 第04 主日 |
問009 | 神がその律法において、人間に出来ないことを人間に対して要求されることは、神が人間に対して不正を行っていることになるのではありませんか。 | 回答 |
| 問010 | 神はこのような不従順と背反とを、罰しないでおかれるつもりなのでしょうか。 | 回答 | |
| 問011 | 神は憐れみ深い御方でもあるのではありませんか。 | 回答 | |
| 第2部 人間の救いについて | |||
| 仲 保 者 | |||
| 第05 主日 |
問012 | わたしたちが神のただしい裁きによって、この世と永遠との刑罰に値するのであれば、この刑罰を逃れ、再び恵みにあずかるには、どうすればよいのですか。 | 回答 |
| 問013 | しかし、わたしたちは自分自身で償いをすることができるでしょうか。 | 回答 | |
| 問014 | それでは、誰か、ほかの、被造物である何かが わたしたちのために償うことができるのですか。 | 回答 | |
| 問015 | それでは、わたしたちは どのような仲保者 、また救い主を求めなければならないのですか。 | 回答 | |
| 第06 主日 |
問016 | なぜその方は、まことの、ただしい人間でなければならないのですか。 | 回答 |
| 問017 | なぜその方は、同時にまことの神でなければならないのですか。 | 回答 | |
| 問018 | それでは、まことの神であると同時に まことのただしい人間でもある、その仲保者とはいったいどなたですか。 | 回答 | |
| 問019 | どうして、あなたは、それを知ることができるのですか。 | 回答 | |
| まことの信仰・使徒信条 | |||
| 第07 主日 |
問020 | それでは、アダムを通して、すべての人が堕落したのと同様に、キリストを通してすべての人が救われるのですか。 | 回答 |
| 問021 | まことの信仰とは何ですか。 | 回答 | |
| 問022 | それでは、キリスト者が信じるべきことは何ですか。 | 回答 | |
| 問023 | それはどのような内容のものですか。 | 回答 | |
| 第08 主日 |
問024 | これらの信仰箇条はどのように分けられますか。 | 回答 |
| 問025 | ただひとりの神がおられるだけなのに、なぜあなたは父、子、聖霊と3通りに呼ぶのですか。 | 回答 | |
| 父なる神について | |||
| 第09 主日 |
問026 | 「我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず」と唱える時、あなたは何を信じているのですか。 | 回答 |
| 第10 主日 |
問027 | 神の摂理について、あなたは何を理解していますか。 | 回答 |
| 問028 | 神の創造と摂理を知ることによって、わたしたちはどのような益を受けますか。 | 回答 | |
| 子なる神について | |||
| 第11 主日 |
問029 | なぜ神の御子は「イエス」すなわち「救済者」と呼ばれるのですか。 | 回答 |
| 問030 | それでは、自分の幸福や救いを、聖人や、自分自身や、そのほかのところに求めている人々は、唯一の救済者イエスを信じていると言えますか。 | 回答 | |
| 第12 主日 |
問031 | なぜこの方は「キリスト」すなわち「油注がれた者」と呼ばれるのですか。 | 回答 |
| 問032 | なぜあなたが「キリスト」者と呼ばれるのですか。 | 回答 | |
| 第13 主日 |
問033 | わたしたちも神の子であるのに、なぜこの方は神の「独り子」と呼ばれるのですか。 | 回答 |
| 問034 | あなたはなぜこの方を「我らの主」と呼ぶのですか。 | 回答 | |
| 第14 主日 |
問035 | 「主は聖霊によりてやどり、処女(おとめ)マリヤより生まれ」とはどういう意味ですか。 | 回答 |
| 問036 | キリストの聖霊による受肉(じゅにく)と誕生によって、あなたはどのような益を受けますか。 | 回答 | |
| 第15 主日 |
問037 | 「苦しみを受け」という言葉によって、あなたは何を理解しますか。 | 回答 |
| 問038 | なぜその方は、裁判官「ポンテオ・ピラトのもとに」苦しみを受けられたのですか。 | 回答 | |
| 問039 | その方が「十字架につけられ」たことには、何か別の死に方をする以上の意味があるのですか。 | 回答 | |
| 第16 主日 |
問040 | なぜキリストは「死」を苦しまなければならなかったのですか。 | 回答 |
| 問041 | なぜこの方は「葬られ」たのですか。 | 回答 | |
| 問042 | すでに、キリストがわたしたちのために死んでくださったのなら、どうしてわたしたちも死ななければならないのですか。 | 回答 | |
| 問043 | 十字架上でのキリストの犠牲と死から、わたしたちはさらにどのような益を受けますか。 | 回答 | |
| 問044 | なぜ「陰府(よみ)にくだり」と続くのですか。 | 回答 | |
| 第17 主日 |
問045 | キリストの「よみがえり(復活)」は、わたしたちにどのような益をもたらしますか。 | 回答 |
| 問046 | あなたは「天にのぼり(昇天)」をどのように理解しますか。 | 回答 | |
| 問047 | それでは、キリストは、約束なさったとおり、世の終わりまでわたしたちと共におられる、というわけではないのですか。 | 回答 | |
| 問048 | しかし、人性が神性のある所どこにでもある、というわけではないのならば、キリストの2つの性質は 互いに分離しているのではありませんか。 | 回答 | |
| 第18 主日 |
問049 | キリストの昇天は、わたしたちにどのような益をもたらしますか。 | 回答 |
| 問050 | なぜ「神の右に座したまえり」と付け加えるのですか。 | 回答 | |
| 第19 主日 |
問051 | わたしたちの頭(かしら)であるキリストのこの栄光は、わたしたちにどのような益をもたらしますか。 | 回答 |
| 問052 | 「生ける者と死ねる者とを審(さば)」かれるためのキリストの再臨は、あなたをどのように慰めるのですか。 | 回答 | |
| 聖霊なる神について | |||
| 第20 主日 |
問053 | 「聖霊」について、あなたは何を信じていますか。 | 回答 |
| 第21 主日 |
問054 | 「聖なる公同(こうどう)の教会」について、あなたは何を信じていますか。 | 回答 |
| 問055 | 「聖徒の交わり」について、あなたは何を理解していますか。 | 回答 | |
| 問056 | 「罪のゆるし」について、あなたは何を信じていますか。 | 回答 | |
| 第22 主日 |
問057 | 「身体(からだ)のよみがえり」は、あなたにどのような慰めを与えますか。 | 回答 |
| 問058 | 「永遠(とこしえ)の生命」という箇条は、あなたにどのような慰めを与えますか。 | 回答 | |
| 第23 主日 |
問059 | それでは、これらすべてを信じることは、あなたにとって今どのような助けになりますか。 | 回答 |
| 問060 | どのようにしてあなたは神の御前で義とされるのですか。 | 回答 | |
| 問061 | なぜあなたは信仰によってのみ義とされる、と言うのですか。 | 回答 | |
| 第24 主日 |
問062 | なぜ、わたしたちの善い行いは、神の御前で義またはその一部にすら なることができないのですか。 | 回答 |
| 問063 | それならば、わたしたちの善い行いについて、神がこの世と後の世で それに報いてくださるというのに、それでも何の値打ちもないのですか。 | 回答 | |
| 問064 | この教えは、無分別で不遜・放縦(ほうじゅう)な人々を作るのではありませんか。 | 回答 | |
| 聖礼典について | |||
| 第25 主日 |
問065 | ただ信仰のみが、わたしたちをキリストとそのすべての恵みにあずからせるのだとすれば、そのような信仰はどこから来るのですか。 | 回答 |
| 問066 | 聖礼典とは何ですか。 | 回答 | |
| 問067 | それでは、御言葉と礼典というこれら2つのことは、わたしたちの救いの唯一の土台である 十字架上のイエス・キリストの犠牲へと、わたしたちの信仰を向けるためにあるのですか。 | 回答 | |
| 問068 | 新約において、キリストはいくつの礼典を制定なさいましたか。 | 回答 | |
| 洗礼について | |||
| 第26 主日 |
問069 | あなたは聖なる洗礼において、十字架上でのキリストの唯一の犠牲があなたの益になることを、どのように思い起こし また確信させられるのですか。 | 回答 |
| 問070 | キリストの血と霊とによって洗われるとは、どういうことですか。 | 回答 | |
| 問071 | わたしたちが洗礼の水によるのと同じく、この方の血と霊とによって確実に洗っていただけるということを、キリストはどこで約束なさいましたか。 | 回答 | |
| 第27 主日 |
問072 | それでは、外的な水の洗いは、罪の洗い清めそのものなのですか。 | 回答 |
| 問073 | それではなぜ、聖霊は洗礼を「新たに造りかえる洗い」とか「罪の洗い清め」と呼んでおられるのですか。 | 回答 | |
| 問074 | 幼児にも洗礼を授けるべきですか。 | 回答 | |
| イエス・キリストの聖晩餐について | |||
| 第28 主日 |
問075 | あなたは聖晩餐において、十字架上でのキリストの唯一の犠牲とそのすべての益にあずかっていることを、どのように思い起こし また確信させられるのですか。 | 回答 |
| 問076 | 十字架につけられたキリストの体を食べ、その流された血を飲むとはどういうことですか。 | 回答 | |
| 問077 | 信徒がこの裂かれたパンを食べ、この杯から飲むのと同様に確実に、ご自分の体と血とをもって彼らを養いまた潤(うるお)してくださると、キリストはどこで約束なさいましたか。 | 回答 | |
| 第29 主日 |
問078 | それでは、パンとぶどう酒が キリストの体と血そのものになるのですか。 | 回答 |
| 問079 | それではなぜ、キリストは、パンを御自分の体、杯を御自分の血 またその血による新しい契約とお呼びになり、聖パウロは、イエス・キリストの体と血にあずかる、と言うのですか。 | 回答 | |
| 第30 主日 |
問080 | 主の晩餐と教皇のミサとの違いは何ですか。 | 回答 |
| 問081 | どのような人が、主の食卓に来るべきですか。 | 回答 | |
| 問082 | それでは、その信仰告白と生活によって不信仰と背信とを示している人々でも、この晩餐にあずかれるのですか。 | 回答 | |
| 第31 主日 |
問083 | 鍵の務めとは何ですか。 | 回答 |
| 問084 | 聖なる福音の説教によって、天の国はどのように開かれ、また閉ざされるのですか。 | 回答 | |
| 問085 | キリスト教的戒規によって、天の国はどのように開かれ、また閉ざされるのですか。 | 回答 | |
| 第3部 感謝について | |||
| 全生活にわたる感謝 | |||
| 第32 主日 |
問086 | わたしたちが自分の悲惨さから、自分のいかなる功績にもよらず、恵みによりキリストを通して救われているのならば、なぜわたしたちは善い行いをしなければならないのですか。 | 回答 |
| 問087 | それでは、感謝も回心もない歩みから神へと立ち帰らない人々は、祝福されることができないのですか。 | 回答 | |
| 第33 主日 |
問088 | 人間のまことの悔い改めまたは回心は、いくつのことから成っていますか。 | 回答 |
| 問089 | 古い人の死滅とは何ですか。 | 回答 | |
| 問090 | 新しい人の復活とは何ですか。 | 回答 | |
| 問091 | しかし、善い行いとはどのようなものですか。 | 回答 | |
| 十戒について | |||
| 第34 主日 |
問092 | 主の律法とはどのようなものですか。 | 回答 |
| 問093 | これらの戒めはどのように分かれていますか。 | 回答 | |
| 問094 | 第1戒で、主は何を求めておられますか。 | 回答 | |
| 問095 | 偶像崇拝とは何ですか。 | 回答 | |
| 第35 主日 |
問096 | 第2戒で、神は何を望んでおられますか。 | 回答 |
| 問097 | それならば、人はどのような画・像も造ってはならないのですか。 | 回答 | |
| 問098 | しかし、画・像は、信徒のための書物として、教会で許されてもよいのではありませんか。 | 回答 | |
| 第36 主日 |
問099 | 第3戒は何を求めていますか。 | 回答 |
| 問100 | それでは、呪いや誓約によって神の御名を冒涜することは、それをできうる限り阻止したり 禁じたりしようとしない人々にも、神がお怒りになるほど、重い罪なのですか。 | 回答 | |
| 第37 主日 |
問101 | 神の御名によって敬虔に誓うことはよいのですか。 | 回答 |
| 問102 | 聖人や他の被造物によって誓うことはよいのですか。 | 回答 | |
| 第38 主日 |
問103 | 第4戒で、神は何を望んでおられますか。 | 回答 |
| 第39 主日 |
問104 | 第5戒で、神は何を望んでおられますか。 | 回答 |
| 第40 主日 |
問105 | 第6戒で、神は何を望んでおられますか。 | 回答 |
| 問106 | しかし、この戒めは、殺すことについてだけ、語っているのではありませんか。 | 回答 | |
| 問107 | しかし、わたしたちが自分の隣人を そのようにして殺さなければ、それで十分なのですか。 | 回答 | |
| 第41 主日 |
問108 | 第7戒は、何を求めていますか。 | 回答 |
| 問109 | 神はこの戒めで、姦淫とそのような汚らわしいこと以外は、禁じておられないのですか。 | 回答 | |
| 第42 主日 |
問110 | 第8戒で、神は何を禁じておられますか。 | 回答 |
| 問111 | それでは、この戒めで、神は何を命じておられるのですか。 | 回答 | |
| 第43 主日 |
問112 | 第9戒では、何が求められていますか。 | 回答 |
| 第44 主日 |
問113 | 第10戒では、何が求められていますか。 | 回答 |
| 問114 | それでは、神へと立ち帰った人たちは、このような戒めを完全に守ることができるのですか。 | 回答 | |
| 問115 | この世においては、だれも十戒を守ることができないのに、なぜ神はそれほどまで厳しく、わたしたちにそれらを説教させようとなさるのですか。 | 回答 | |
| 祈りについて | |||
| 第45 主日 |
問116 | なぜキリスト者には祈りが必要なのですか。 | 回答 |
| 問117 | 神に喜ばれ、この方に聞いていただけるような祈りには、何が求められますか。 | 回答 | |
| 問118 | 神はわたしたちに、何を求めるようにとお命じになりましたか。 | 回答 | |
| 問119 | 主の祈りとはどのようなものですか。 | 回答 | |
| 第46 主日 |
問120 | なぜキリストはわたしたちに、神に対して「われらの父よ」と呼びかけるようにお命じになったのですか。 | 回答 |
| 問121 | なぜ「天にまします」と付け加えられているのですか。 | 回答 | |
| 第47 主日 |
問122 | 第1の願いは何ですか。 | 回答 |
| 第48 主日 |
問123 | 第2の願いは何ですか。 | 回答 |
| 第49 主日 |
問124 | 第3の願いは何ですか。 | 回答 |
| 第50 主日 |
問125 | 第4の願いは何ですか。 | 回答 |
| 第51 主日 |
問126 | 第5の願いは何ですか。 | 回答 |
| 第52 主日 |
問127 | 第6の願いは何ですか。 | 回答 |
| 問128 | あなたはこの祈りを、どのように結びますか。 | 回答 | |
| 問129 | 「アーメン」という言葉は、何を意味していますか。 | 回答 | |
| ハイデルベルク信仰問答(答) | |||
|---|---|---|---|
| 序 唯一の慰め | |||
| 第01 主日 に 戻る |
問001 | 生きている時も、死ぬ時も、あなたのただひとつの慰めは、何ですか。 | 戻る |
| 答 |
私が、からだも魂も、生きている時も死ぬ時も、私のものではなく、 私の真実なる救い主イエス・キリストのものであることです。 主は私のすべての罪のために、 その尊い血潮をもって支払いをしてくださり、私を悪魔のすべての力から救い出し、 また今も守ってくださいますので、天にいますわたしの父の御心によらないでは、 私の頭からは1本の髪の毛も落ちることは出来ないし、実に、すべてのことが当然、私の祝福に役立つようになっているのです。 従って、主はその聖霊によってもまた、私に永遠の生命を保証し、私が心から喜んで、その後は主のために生きることの出来るようにしてくださるのです。 ヤコブよ、あなたを創造された主は イスラエルよ、あなたを造られた主は 今、こう言われる。 恐れるな、わたしはあなたを贖う。 あなたはわたしのもの。 わたしはあなたの名を呼ぶ。 (イザヤ書43:1) わたしたちの中には、だれ一人自分のために生きる人はなく、だれ一人自分のために死ぬ人もいません。わたしたちは、生きるとすれば主のために生き、死ぬとすれば主のために死ぬのです。従って、生きるにしても、死ぬにしても、わたしたちは主のものです。 (ローマの信徒への手紙14:7、8) あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。あなたがたが出かけて行って実を結び、その実が残るようにと、また、わたしの名によって父に願うものは何でも与えられるようにと、わたしがあなたがたを任命したのである。 (ヨハネによる福音書15:16) |
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| 問002 | それならば、あなたがこの慰めの中に祝福されて生き、また死ぬことが出来るために、 あなたはいくつのことを知らなければなりませんか。 | 戻る | |
| 答 |
3つのことです。 第1には、私の罪と私の悲惨とが、どんなに大きいかということ、 第2には、私がどのようにして、私のあらゆる罪と私の一切の悲惨から救われるかということ、 第3には、私がどんなに、この救いに対して神に感謝すべきかということです。 それから、わたしを呼ぶがよい。 苦難の日、わたしはお前を救おう。 そのことによって お前はわたしの栄光を輝かすであろう。 (詩編50:15) わたしはなんと惨めな人間なのでしょう。死に定められたこの体から、だれがわたしを救ってくれるでしょうか。わたしたちの主イエス・キリストを通して神に感謝いたします。このように、わたし自身は心では神の律法に仕えていますが、肉では罪の法則に仕えているのです。 (ローマの信徒への手紙7:24、25) |
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| 第1部 人間のみじめさについて | |||
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第02 主日 に 戻る |
問003 | 何によってあなたは、あなたがみじめなことを認めることが出来ますか。 | 戻る |
| 答 |
神の律法によります。 あなたはわたしたちの罪を御前に 隠れた罪を御顔の光の中に置かれます。 (詩編90:8) なぜなら、律法を実行することによっては、だれ一人神の前で義とされないからです。律法によっては、罪の自覚しか生じないのです。 (ローマの信徒への手紙3:20) |
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| 問004 | 神の律法は、私たちに何を要求するのですか。 | 戻る | |
| 答 |
キリストは律法の内容をマタイによる福音書22章の中にまとめました。 イエスは言われた。「『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』 これが最も重要な第1の掟である。 第2も、これと同じように重要である。『隣人を自分のように愛しなさい。』 律法全体と預言者は、この2つの掟に基づいている。」 (マタイによる福音書22:37−40) |
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| 問005 | あなたは、これらすべてを完全に守ることが出来ますか。 | 戻る | |
| 答 |
出来ません。なぜなら、生まれたときから、神と隣人とを憎む傾向にあるからです。 主は宥(なだ)めの香りをかいで、御心に言われた。「人に対して大地を呪うことは二度とすまい。人が心に思うことは、幼いときから悪いのだ。わたしは、この度したように生き物をことごとく打つことは、二度とすまい。 (創世記8:21) あなたがたは、その実で彼らを見分ける。茨からぶどうが、あざみからいちじくが採れるだろうか。 (マタイによる福音書7:16) |
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第03 主日 に 戻る |
問006 | 神が人間をそんなに邪悪で歪(ゆが)んだ存在に、創造されたのでしょうか。 | 戻る |
| 答 |
いいえ。 むしろ神は人を良いものに、また御自分にかたどって、すなわち、まことの義と聖において創造なさいました。それは、人が自らの造り主なる神をただしく知り、心から愛し、永遠の幸いの内を神と共に生き、そうして神をほめ歌い、讃美するためでした。 神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された。 (創世記1:27) なぜなら、わたしたちは神に造られたものであり、しかも、神が前もって準備してくださった善い業のために、キリスト・イエスにおいて造られたからです。わたしたちは、その善い業を行って歩むのです。 (エフェソの信徒への手紙2:10) |
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| 問007 | 人間のそのような腐敗した性質は、何に由来するのですか。 | 戻る | |
| 答 |
わたしたちの始祖アダムとエバの、楽園における堕落と不従順からです。それで、わたしたちの本性はこのように毒され、わたしたちは皆、罪のうちにはらまれて、生まれてくるのです。 このようなわけで、一人の人によって罪が世に入り、罪によって死が入り込んだように、死はすべての人に及んだのです。すべての人が罪を犯したからです。 (ローマの信徒への手紙5:12) わたしは咎のうちに産み落とされ 母がわたしを身ごもったときも わたしは罪のうちにあったのです。 (詩編51:7) |
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| 問008 | 私たちはとても堕落しているために、何か良いことに対してまったく無力であり、あらゆる悪の方向へと進んでいく傾向があるのですか。 | 戻る | |
| 答 |
そうです。わたしたちが神の霊によって新しく生まれないかぎりは。 わたしは、自分のしていることが分かりません。自分が望むことは実行せず、かえって憎んでいることをするからです。 (ローマの信徒への手紙7:15) イエスはお答えになった。「はっきり言っておく。罪を犯す者はだれでも罪の奴隷である。 (ヨハネによる福音書8:34) |
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第04 主日 に 戻る |
問009 | 神がその律法において、人間に出来ないことを人間に対して要求されることは、神が人間に対して不正を行っていることになるのではありませんか。 | 戻る |
| 答 |
そうではありません。 なぜなら、神は人がそれを行えるように、人を創造されたからです。にもかかわらず、人が悪魔にそそのかされ、身勝手な不従順によって、自分自身とそのすべての子孫から、この賜物を奪い去ったのです。 あなたは正しく行動されました。あなたは忠実に行動されました。しかし、わたしたちはあなたに背いてしまいました。 (ネヘミヤ記9:33) あなたは久しい昔に軛を折り 手綱を振り切って 「わたしは仕えることはしない」と言った。 あなたは高い丘の上 緑の木の下と見ればどこにでも 身を横たえて遊女となる。 わたしはあなたを、甘いぶどうを実らせる 確かな種として植えたのに どうして、わたしに背いて 悪い野ぶどうに変わり果てたのか。 (エレミヤ書2:20−21) |
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| 問010 | 神はこのような不従順と背反とを、罰しないでおかれるつもりなのでしょうか。 | 戻る | |
| 答 |
断じてそうではありません。 それどころか、神は生まれながらの罪についても、実際に犯した罪についても、激しく怒っておられ、それらをただしい裁きによって この世においても永遠にわたっても 罰したもうのです。それは、 「律法の書に書かれているすべての事を絶えず守らない者は皆、呪われている(ガラテヤの信徒への手紙3:10)」 、 「この律法の言葉を守り行わない者は呪われる。(申命記27:26)」 と、神がお語りになったとおりです。 不義によって真理の働きを妨げる人間のあらゆる不信心と不義に対して、神は天から怒りを現されます。 (ローマの信徒への手紙1:18) 思い違いをしてはいけません。神は、人から侮られることはありません。人は、自分の蒔いたものを、また刈り取ることになるのです。 (ガラテヤの信徒への手紙6:7) |
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| 問011 | 神は憐れみ深い御方でもあるのではありませんか。 | 戻る | |
| 答 |
確かに神は憐れみ深い方ですが、またただしい方でもあられます。ですから、神の義は、神の何ものよりも高い尊厳に対して犯される罪が、同じく最高の、すなわち永遠の刑罰をもって、体と魂とを罰することを、要求するのです。 あなたは、決して 逆らう者を喜ぶ神ではありません。 悪人は御もとに宿ることを許されず 誇り高い者は御目に向かって立つことができず 悪を行う者はすべて憎まれます。 (詩編5:5−6) 罪が支払う報酬は死です。しかし、神の賜物は、わたしたちの主キリスト・イエスによる永遠の命なのです。 (ローマの信徒への手紙6:23) |
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| 第2部 人間の救いについて | |||
| 仲 保 者 | |||
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第05
主日 に 戻る |
問012 | わたしたちが神のただしい裁きによって、この世と永遠との刑罰に値するのであれば、この刑罰を逃れ、再び恵みにあずかるには、どうすればよいのですか。 | 戻る |
| 答 |
神は、御自身の義が満たされることを望んでおられます。ですから、わたしたちはそれに対して、自分自身によってか、あるいは他のものによって、完全な償いをしなければなりません。 イスラエルの神、主よ、あなたは恵み深いお方です。だからこそ、わたしたちは今日も生き残りとしてここにいるのです。御覧ください。このような有様で御前に立ちえないのですが、罪深い者として、御前にぬかずいております。」 (エズラ記9:15) はっきり言っておく。最後の一クァドランスを返すまで、決してそこから出ることはできない。」 (マタイによる福音書5:26) ※クァドランスはローマの青銅貨でデナリオンの64分の1。1デナリオン=1日の賃金。 |
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| 問013 | しかし、わたしたちは自分自身で償いをすることができるでしょうか。 | 戻る | |
| 答 | 決してできません。それどころか、わたしたちは日ごとにその負債を増し加えています。 人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか。自分の命を買い戻すのに、どんな代価を支払えようか。 (マタイによる福音書16:26) 災いだ、背く子らは、と主は言われる。 彼らは謀(はかりごと)を立てるが わたしによるのではない。 盟約の杯を交わすが わたしの霊によるのではない。 こうして、罪に罪を重ねている。 (イザヤ書30:1) |
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| 問014 | それでは、誰か、ほかの、被造物である何かが わたしたちのために償うことができるのですか。 | 戻る | |
| 答 | いいえ、できません。 なぜなら、第一に、神は人間が犯した罪の罰を、他の被造物に加えようとはなさらないからです。 従って、第二に、被造物に過ぎないものが、罪に対する神の永遠の怒りの重荷に耐え、かつ他のものをそこから救うことなど、できないからです。 神が罪を犯すことは決してない。全能者は正義を曲げられない。 (ヨブ記34:12) 神に対して、人は兄弟をも贖いえない。 神に身代金を払うことはできない。 魂を贖う値は高く とこしえに、払い終えることはない。 (詩編49:8−9) |
||
| 問015 | それでは、わたしたちは どのような仲保者 、また救い主を求めなければならないのですか。 | 戻る | |
| 答 | まことの、ただしい人間であると同時に、あらゆる被造物にまさって力ある方、すなわち、まことの神でもあられるお方です。 |
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| 第06 主日 に 戻る |
問016 | なぜその方は、まことの、ただしい人間でなければならないのですか。 | 戻る |
| 答 | なぜなら、神の義は、罪を犯した人間自身がその罪を償(つぐな)うことを求めていますが、自ら罪人であるような人が、他の人の償(つぐな)いをすることなどできないからです。 それで、イエスは、神の御前において憐れみ深い、忠実な大祭司となって、民の罪を償うために、すべての点で兄弟たちと同じようにならねばならなかったのです。 (ヘブライ人への手紙2:17) 一人の人の不従順によって多くの人が罪人とされたように、一人の従順によって多くの人が正しい者とされるのです。 (ローマの信徒への手紙5:19) |
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| 問017 | なぜその方は、同時にまことの神でなければならないのですか。 | 戻る | |
| 答 | その方が、御自分の神性の力によって、神の怒りの重荷をその人間性において耐え忍び、わたしたちのために義と命とを獲得し、それらを再びわたしたちに与えてくださるためです。 あなた自ら保証人となってください。 ほかの誰が わたしの味方をしてくれましょう。 (ヨブ記17:3) このように聖であり、罪なく、汚れなく、罪人から離され、もろもろの天よりも高くされている大祭司こそ、わたしたちにとって必要な方なのです。 (ヘブライ人への手紙7:26) |
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| 問018 | それでは、まことの神であると同時に まことのただしい人間でもある、その仲保者とはいったいどなたですか。 | 戻る | |
| 答 | わたしたちの主イエス・キリストです。この方は、完全な贖(あがな)いと義のために、わたしたちに与えられているお方なのです。 神は唯一であり、神と人との間の仲介者も、人であるキリスト・イエスただおひとりなのです。この方はすべての人の贖いとして御自身を献げられました。これは定められた時になされた証しです。 (テモテへの手紙一2:5−6) 神によってあなたがたはキリスト・イエスに結ばれ、このキリストは、わたしたちにとって神の知恵となり、義と聖と贖いとなられたのです。 (コリントの信徒への手紙一1:30) |
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| 問019 | どうして、あなたは、それを知ることができるのですか。 | 戻る | |
| 答 | 聖なる福音によってです。それを神は自ら、まず楽園で啓示し、その後、聖なる族長たちや預言者たちを通して宣(の)べ伝え、律法による犠牲や他の儀式によって象(かたちど)り、御自身の愛する御子によって、ついに成就なさいました。 あなたたちは聖書の中に永遠の命があると考えて、聖書を研究している。ところが、聖書はわたしについて証しをするものだ。 (ヨハネによる福音書5:39) また預言者も皆、イエスについて、この方を信じる者はだれでもその名によって罪の赦しが受けられる、と証ししています。」 (使徒言行録10:43) |
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| まことの信仰・使徒信条 | |||
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問020 | それでは、アダムを通して、すべての人が堕落したのと同様に、キリストを通してすべての人が救われるのですか。 | 戻る |
| 答 | いいえ。まことの信仰によって この方と結び合わされ、そのすべての恵みを受け入れる人だけが救われるのです。 神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである。御子を信じる者は裁かれない。信じない者は既に裁かれている。神の独り子の名を信じていないからである。 (ヨハネによる福音書3:16−18) |
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| 問021 | まことの信仰とは何ですか。 | 戻る | |
| 答 | それは、神が御言葉において、わたしたちに啓示されたことすべてを、わたしが真実であると確信する、その確かな認識のことだけでなく、福音を通して聖霊がわたしのうちに起こしてくださる、心からの信頼のことでもあります。 それによって、他の人々のみならず、このわたしにも、罪の赦しと永遠の救いとが神から与えられるのです。それは全く恵みにより、ただキリストの功績によるものです。 信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです。 (ヘブライ人への手紙11:1) 事実、あなたがたは、恵みにより、信仰によって救われました。このことは、自らの力によるのではなく、神の賜物です。 (エフェソの信徒への手紙2:8) |
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| 問022 | それでは、キリスト者が信じるべきことは何ですか。 | 戻る | |
| 答 | 福音においてわたしたちに約束されていることすべてです。わたしたちの公同(こうどう)の疑いなきキリスト教信仰箇条が、それを要約して教えています。 だがあなたは、自分が学んで確信したことから離れてはなりません。 (テモテへの手紙二3:14) しかし、たとえわたしたち自身であれ、天使であれ、わたしたちがあなたがたに告げ知らせたものに反する福音を告げ知らせようとするならば、呪われるがよい。 (ガラテヤの信徒への手紙1:8) |
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| 問023 | それはどのような内容のものですか。 | 戻る | |
| 答 | 我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。 我はその独り子、我らの主、イエス・キリストを信ず。 主は聖霊によりてやどり、処女(おとめ)マリヤより生まれ、 ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、 死にて葬られ、陰府(よみ)にくだり、三日目に死人のうちよりよみがえり、 天にのぼり、全能の父なる神の右に座したまえり、 かしこより来たりて生ける者と死ねる者とを審(さば)きたまわん。 我は聖霊を信ず、聖なる公同の教会、聖徒の交わり、罪の赦し、 身体(からだ)のよみがえり、永遠(とこしえ)の命を信ず。 (現代語文) わたしは、天地の造り主、全能の父である神を信じます。 わたしはそのひとり子、わたしたちの主、イエス・キリストを信じます。 主は聖霊によってやどり、おとめマリアより生まれ、 ポンテオ・ピラトのもとで苦しみを受け、十字架につけられ、 死んで葬られ、よみにくだり、三日目に死人のうちからよみがえり、 天にのぼられました。そして全能の父である神の右に座しておられます。 そこからこられて、生きている者と死んでいる者とをさばかれます。 わたしは聖霊を信じます。きよい公同の教会、聖徒の交わり、罪のゆるし、 からだのよみがえり、永遠のいのちを信じます。 |
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| 第08 主日 に 戻る |
問024 | これらの信仰箇条はどのように分けられますか。 | 戻る |
| 答 | 3つに分けられます。 第1に、父なる神と、わたしたちの創造について、 第2に、子なる神と、わたしたちの贖いについて、 第3に、聖霊なる神と、わたしたちの聖化についてです。 |
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| 問025 | ただひとりの神がおられるだけなのに、なぜあなたは父、子、聖霊と3通りに呼ぶのですか。 | 戻る | |
| 答 | それは、神が御自身についてそのように、すなわち、これら3つの位格が、唯一の、まことの、永遠の神であると、その御言葉において啓示なさったからです。 聞け、イスラエルよ。我らの神、主は唯一の主である。 (申命記6:4) 主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがた一同と共にあるように。 (コリントの信徒への手紙二13:13) |
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| 父なる神について | |||
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問026 | 「我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず」と唱える時、あなたは何を信じているのですか。 | 戻る |
| 答 | 天と地とその中にあるすべてのものを無から創造され、それらを永遠の熟慮と摂理とによって今も保ち支配しておられる、わたしたちの主イエス・キリストの永遠の御父(おんちち)が、御子キリストのゆえに、わたしの神またわたしの父であられる、ということです。 わたしはこの方により頼んでいますので、この方が体と魂に必要なものすべてを わたしに備えてくださること、また、たとえこの涙の谷間へ いかなる災いをくだされたとしても、それらをわたしのために益としてくださることを、信じて疑わないのです。 なぜなら、この方は、全能の神としてそのことがおできになるばかりか、真実な父としてそれを望んでもおられるからです。 ※「涙の谷間」という言葉は、「悩み多い生涯」と理解して良いでしょう。 信仰によって、わたしたちは、この世界が神の言葉によって創造され、従って見えるものは、目に見えているものからできたのではないことが分かるのです。 (ヘブライ人への手紙11:3) 主よ、人間とは何ものなのでしょう あなたがこれに親しまれるとは。 人の子とは何ものなのでしょう あなたが思いやってくださるとは。 (詩編144:3) 神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。 (ローマの信徒への手紙8:28) |
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| 第10 主日 に 戻る |
問027 | 神の摂理について、あなたは何を理解していますか。 | 戻る |
| 答 | 全能かつ現実の、神の力です。それによって神は天と地とすべての被造物を、いわばその御手をもって 今なお保ち また支配しておられるので、木の葉も 草も、雨も ひでりも、豊作の年も 不作の年も、食べ物も 飲み物も、健康も 病も、富も 貧困も、すべてが偶然によることなく 父親としての御手によって、わたしたちにもたらされるのです。 日の昇るところから日の沈むところまで 人々は知るようになる わたしのほかは、むなしいものだ、と。 わたしが主、ほかにはいない。 光を造り、闇を創造し 平和をもたらし、災いを創造する者。 わたしが主、これらのことをするものである。 (イザヤ書45:6−7) 二羽の雀が一アサリオンで売られているではないか。だが、その一羽さえ、あなたがたの父のお許しがなければ、地に落ちることはない。あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている。 (マタイによる福音書10:29−30) |
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| 問028 | 神の創造と摂理を知ることによって、わたしたちはどのような益を受けますか。 | 戻る | |
| 答 | わたしたちが逆境においては忍耐強く、順境においては感謝し、将来については わたしたちの真実な父なる神をかたく信じ、どんな被造物もこの方の愛からわたしたちを引き離すことはできないと確信できるようになる、ということです。なぜなら、あらゆる被造物はこの方の御手の中にあるので、御心によらないでは動くことも 動かされることも できないからです。 「わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ。」 (ヨブ記1:21) そして、いつも、あらゆることについて、わたしたちの主イエス・キリストの名により、父である神に感謝しなさい。 (エフェソの信徒への手紙5:20) わたしは確信しています。死も、命も、天使も、支配するものも、現在のものも、未来のものも、力あるものも、高い所にいるものも、低い所にいるものも、他のどんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです。 (ローマの信徒への手紙8:38−39) |
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| 子なる神について | |||
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問029 | なぜ神の御子は「イエス」すなわち「救済者」と呼ばれるのですか。 | 戻る |
| 答 | それは、この方がわたしたちを わたしたちの罪から救ってくださるからであり、唯一の救いをほかの誰かに求めたり、ましてや見出すことなどできないからです。 マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」 (マタイによる福音書1:21) ほかのだれによっても、救いは得られません。わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです。」 (使徒言行録4:12) |
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| 問030 | それでは、自分の幸福や救いを、聖人や、自分自身や、そのほかのところに求めている人々は、唯一の救済者イエスを信じていると言えますか。 | 戻る | |
| 答 | いいえ。 たとえ彼らがこの方を誇っていたとしても、その行いにおいて、彼らは唯一の救済者また救い主であられるイエスを否定しているのです。 なぜなら、イエスが完全な救い主ではないとするか、そうでなければ、この救い主を真実な信仰をもって受け入れ、自分の救いに必要なことすべてを この方のうちに持たねばならないとするか、そのどちらかだからです。 イエスはこれを聞いて言われた。「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」 (マルコによる福音書2:17) 律法によって義とされようとするなら、あなたがたはだれであろうと、キリストとは縁もゆかりもない者とされ、いただいた恵みも失います。 (ガラテヤの信徒への手紙5:4) |
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問031 | なぜこの方は「キリスト」すなわち「油注がれた者」と呼ばれるのですか。 | 戻る |
| 答 | なぜなら、この方は父なる神から次のように任職され、聖霊によって油注がれたからです。すなわち、わたしたちの最高の預言者また教師として、わたしたちの贖(あがな)いに関する 神の隠された熟慮と御意志とを、余すところなく わたしたちに啓示し、わたしたちの唯一の大祭司として、御自分の体による唯一の犠牲によってわたしたちを贖(あがな)い、御父(おんちち)の御前で わたしたちのために絶えず執り成し、わたしたちの永遠の王として、御自分の言葉と霊とによって わたしたちを治め、獲得なさった贖(あがな)いのもとに わたしたちを守り保ってくださるのです。 あなたの神、主はあなたの中から、あなたの同胞の中から、わたしのような預言者を立てられる。あなたたちは彼に聞き従わねばならない。 (申命記18:15) しかし、イエスは永遠に生きているので、変わることのない祭司職を持っておられるのです。それでまた、この方は常に生きていて、人々のために執り成しておられるので、御自分を通して神に近づく人たちを、完全に救うことがおできになります。 (ヘブライ人への手紙7:24−25) そこでピラトが、「それでは、やはり王なのか」と言うと、イエスはお答えになった。「わたしが王だとは、あなたが言っていることです。わたしは真理について証しをするために生まれ、そのためにこの世に来た。真理に属する人は皆、わたしの声を聞く。」 (ヨハネによる福音書18:37) |
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| 問032 | なぜあなたが「キリスト」者と呼ばれるのですか。 | 戻る | |
| 答 | なぜなら、わたしは信仰によってキリストの一部となり、その油注ぎにあずかっているからです。それは、わたしもまた この方の御名を告白し、生きた感謝の献げ物として 自らをこの方に献げ、この世においては自由な良心をもって 罪や悪魔と戦い、ついには全被造物を この方と共に永遠に支配するようになるからです。 そして、何を話すにせよ、行うにせよ、すべてを主イエスの名によって行い、イエスによって、父である神に感謝しなさい。 (コロサイの信徒への手紙3:17) しかし、あなたがたは、選ばれた民、王の系統を引く祭司、聖なる国民、神のものとなった民です。それは、あなたがたを暗闇の中から驚くべき光の中へと招き入れてくださった方の力ある業を、あなたがたが広く伝えるためなのです (ペトロの手紙一2:9) |
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問033 | わたしたちも神の子であるのに、なぜこの方は神の「独り子」と呼ばれるのですか。 | 戻る |
| 答 | なぜなら、キリストだけが 永遠からの本来の神の御子だからです。わたしたちはこの方のおかげで、恵みによって神の子とされているのです。 言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。 (ヨハネによる福音書1:14) あなたがたは皆、信仰により、キリスト・イエスに結ばれて神の子なのです。 (ガラテヤの信徒への手紙3:26) |
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| 問034 | あなたはなぜこの方を「我らの主」と呼ぶのですか。 | 戻る | |
| 答 | この方が、金や銀ではなく御自身の尊い血によって、わたしたちを罪と悪魔のすべての力から解放し、また買い取ってくださり、わたしたちの体も魂も、すべてを御自分のものとしてくださったからです。 キリストがわたしたちのために御自身を献げられたのは、わたしたちをあらゆる不法から贖い出し、良い行いに熱心な民を御自分のものとして清めるためだったのです。 (テトスへの手紙2:14) 知ってのとおり、あなたがたが先祖伝来のむなしい生活から贖われたのは、金や銀のような朽ち果てるものにはよらず、きずや汚れのない小羊のようなキリストの尊い血によるのです。 (ペトロの手紙一1:18−19) |
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問035 | 「主は聖霊によりてやどり、処女(おとめ)マリヤより生まれ」とはどういう意味ですか。 | 戻る |
| 答 | 永遠の神の御子、すなわち、まことの永遠の神であり またあり続けるお方が、聖霊の働きによって、処女(おとめ)マリヤの肉と血から、まことの人間性をお取りになった、ということです。それは、御自身もまた ダビデのまことの子孫となり、罪を別にしては すべての点で兄弟たちと同じようになるためでした。 しかし、時が満ちると、神は、その御子を女から、しかも律法の下に生まれた者としてお遣わしになりました。 (ガラテヤの信徒への手紙4:4) キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。 (フィリピの信徒への手紙2:6−7) |
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| 問036 | キリストの聖霊による受肉(じゅにく)と誕生によって、あなたはどのような益を受けますか。 | 戻る | |
| 答 | この方がわたしたちの仲保者(ちゅうほしゃ)であられ、御自身の無罪性と完全なきよさとによって、罪のうちにはらまれたわたしのその罪を、神の御顔(みかお)の前で覆(おお)ってくださる、ということです。 けれども、キリストは、既に実現している恵みの大祭司としておいでになったのですから、人間の手で造られたのではない、すなわち、この世のものではない、更に大きく、更に完全な幕屋を通り、雄山羊と若い雄牛の血によらないで、御自身の血によって、ただ一度聖所に入って永遠の贖いを成し遂げられたのです。 (ヘブライ人への手紙9:11−12) あなたがたも知っているように、御子は罪を除くために現れました。御子には罪がありません。 (ヨハネの手紙一3:5) |
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| 第15 主日 に 戻る |
問037 | 「苦しみを受け」という言葉によって、あなたは何を理解しますか。 | 戻る |
| 答 | キリストがその地上での全生涯、とりわけその終わりにおいて、全人類の罪に対する神の御怒(みいか)りを体と魂に負われた、ということです。 それは、この方が唯一の犠牲(いけにえ)として、御自身の苦しみによって、わたしたちの体と魂とを永遠の刑罰から解放し、わたしたちのために、神の恵みと義と永遠の命とを 獲得してくださるためでした。 彼が担ったのはわたしたちの病 彼が負ったのはわたしたちの痛みであったのに わたしたちは思っていた 神の手にかかり、打たれたから 彼は苦しんでいるのだ、と。 彼が刺し貫かれたのは わたしたちの背きのためであり 彼が打ち砕かれたのは わたしたちの咎のためであった。 彼の受けた懲らしめによって わたしたちに平和が与えられ 彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた。 (イザヤ書53:4−5) 人の子が、仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのと同じように。」 (マタイによる福音書20:28) |
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| 問038 | なぜその方は、裁判官「ポンテオ・ピラトのもとに」苦しみを受けられたのですか。 | 戻る | |
| 答 | それは、罪のないこの方が、この世の裁判官による刑罰をお受けになることによって、わたしたちに下されるはずの神の厳しい審判から、わたしたちを免れさせるためでした。 彼は自らの苦しみの実りを見 それを知って満足する。 わたしの僕は、 多くの人が正しい者とされるために 彼らの罪を自ら負った。 (イザヤ書53:11) その翌日、ヨハネは、自分の方へイエスが来られるのを見て言った。「見よ、世の罪を取り除く神の小羊だ。 (ヨハネによる福音書1:29) |
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| 問039 | その方が「十字架につけられ」たことには、何か別の死に方をする以上の意味があるのですか。 | 戻る | |
| 答 | その通りです。それによってわたしは、この方が、わたしの上にかかっていた呪いを、御自身の上に引き受けてくださったことを、確信するのです。なぜなら、十字架の死は、神に呪われたものだからです。 キリストは、わたしたちのために呪いとなって、わたしたちを律法の呪いから贖い出してくださいました。「木にかけられた者は皆呪われている」と書いてあるからです。 (ガラテヤの信徒への手紙3:13) |
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| 第16 主日 に 戻る |
問040 | なぜキリストは「死」を苦しまなければならなかったのですか。 | 戻る |
| 答 | なぜなら、神の義と真実のゆえに、神の御子の死による以外には、わたしたちの罪を償う道は、なかったからです。 ところで、子らは血と肉を備えているので、イエスもまた同様に、これらのものを備えられました。それは、死をつかさどる者、つまり悪魔を御自分の死によって滅ぼし、死の恐怖のために一生涯、奴隷の状態にあった者たちを解放なさるためでした。 (ヘブライ人への手紙2:14−15) イエスは、わたしたちの罪のために死に渡され、わたしたちが義とされるために復活させられたのです。 (ローマの信徒への手紙4:25) |
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| 問041 | なぜこの方は「葬られ」たのですか。 | 戻る | |
| 答 | それによって、この方が本当に死なれたということを 証しするためです。 死が一人の人によって来たのだから、死者の復活も一人の人によって来るのです。 (コリントの信徒への手紙一15:21) このように書くのは、人を惑わす者が大勢世に出て来たからです。彼らは、イエス・キリストが肉となって来られたことを公に言い表そうとしません。こういう者は人を惑わす者、反キリストです。 (ヨハネの手紙二1:7) |
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| 問042 | すでに、キリストがわたしたちのために死んでくださったのなら、どうしてわたしたちも死ななければならないのですか。 | 戻る | |
| 答 | わたしたちの死は、自分の罪に対する償いなのではなく、むしろ罪との死別であり、永遠の命への入り口なのです。 最後の敵として、死が滅ぼされます。 (コリントの信徒への手紙一15:26) わたしにとって、生きるとはキリストであり、死ぬことは利益なのです。 (フィリピの信徒への手紙1:21) |
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| 問043 | 十字架上でのキリストの犠牲と死から、わたしたちはさらにどのような益を受けますか。 | 戻る | |
| 答 | この方の御力によって、わたしたちの古い自分がこの方と共に十字架につけられ、死んで、葬られる、ということです。 それによって、肉の邪悪な欲望が もはやわたしたちを支配することなく、かえってわたしたちは、自分自身を感謝のいけにえとして、この方へ献げるようになるのです。 わたしたちの古い自分がキリストと共に十字架につけられたのは、罪に支配された体が滅ぼされ、もはや罪の奴隷にならないためであると知っています。 (ローマの信徒への手紙6:6) その一人の方はすべての人のために死んでくださった。その目的は、生きている人たちが、もはや自分自身のために生きるのではなく、自分たちのために死んで復活してくださった方のために生きることなのです。 (コリントの信徒への手紙二5:15) |
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| 問044 | なぜ「陰府(よみ)にくだり」と続くのですか。 | 戻る | |
| 答 | それは、わたしが最も激しい試みの時にも 次のように確信するためです。 すなわち、わたしの主キリストは、十字架上とそこに至るまで、御自身もまたその魂において忍ばれてきた 言い難い不安と苦痛と恐れとによって、地獄のような不安と痛みから わたしを解放してくださったのだ、と。 天に登ろうとも、あなたはそこにいまし 陰府に身を横たえようとも 見よ、あなたはそこにいます。 (詩編139:8) | ||